港区社長シュナイダーが人間・社会・教育について論じているブログ

管理人略歴 会社経営者/法学士(京都大学)/港区タワマン在住/英検1級/元Z会マスターコース講師

友達はいらない

最近SNSをほぼ全て遮断し、無人島に裸で寝転んでるような心地よさを感じている私ですが、仕事仲間はともかく、大人になったら「友人」はそんなに必要ないと思います。

 

ちょっとメンヘラ的なことを言いますがw、どれだけ友人と言っても、アラフォーぐらいになるとみんな家庭を持ち家族が一番になります。

 

また、アラサーからアラフォーぐらいになると、「社会的な立ち位置」が否が応でも明確になってくるため、年収なり社会的な身分があまりにも違いすぎると、「昔の友達」とは絡みづらくなります。

 

あまりにも生活水準が違う人とは話が合わなくなってきますし、そういった人に気を使うこと自体がわずらわしくまた失礼なような気もします。

 

ですから、発想を変えて、「別に友達なんてそんなに多くなくていいよね」という非常識な考えを認めることも大切だと思うんです。

 

日本社会のドグマの一つが「誰とでも仲良くできて友達がたくさんいる方が好ましい」という価値観です。

 

しかし、私のように、新しく出会った人間の30%が嫌いで、69%に興味がなく、1%くらいの人間にだけ興味があるnot社交的な人間からすると、「友達がたくさんいる方がすばらしい」という価値観は非常に息苦しくかつ気持ち悪く感じます。

 

これからの時代は、インターネットのさらなる発達とともに、そこまで人と関わらなくても仕事もできますし、ネットで様々なアクティビティーが行えますから、人嫌いな人にとっては生きやすくなるでしょう。

 

私は昔から「他人は他人」という考えを強く持っています。

 

どれだけ仲の良い友人同士といっても、「借金が1000万円あるんだけど、返せないから助けてくれないか?」と言われてイエスという人はいないでしょう。

 

また、どれだけ仲の良い友人であっても、やはり先に成功したりうまくいっている人間を見ると心の奥底では「面白くない」という感情が抗い難く湧いてくることに気づきます。

 

最初は私を応援していた人も、ちょっとうまくいったと思ったら途端に嫉妬してきたりしました。

 

所詮人間の友情など脆いものです。

 

女性同士なんか特にそうでしょうけど、あくまでも自分の優位性があるからこそ仲の良い友人である場合がほとんどでしょう。

 

あらゆる観点から自分が劣等感しか感じないような友人を手放しで応援できる人がどれだけいるでしょうか。

 

最終的に頼れるのは自分の配偶者や子供だけです。

 

私も仲良くしてもらってる友達は少数ながらいますが、「表面的で浅い」という意味ではなく、やはりある程度の距離感があったほうがお互いいいと思っています。

 

ある程度の距離感がある方が逆にお互い割り切れると思うからです。

 

私と皆さんもネット上のお付き合いですが、活字だけの距離感だからこそお互いちょうどいいと思うのです。

 

このブログをお読みの読者の方は、リアル世界の誰よりも私の考えてることや思想について深く理解して頂いてると思います。

 

ネット上で活字だけだから「浅い」ということではありません。

 

「友達はいらない」というタイトルはちょっと極端かもしれませんが、少なくとも私はすごく仲の良い友人が5人も10人もいる必要はないと思っています。

 

無人島に裸で寝そべってるような快感を最近感じております。