港区社長シュナイダーが人間・社会・教育について論じているブログ

管理人略歴 会社経営者/法学士(京都大学)/港区タワマン在住/英検1級/元Z会マスターコース講師

人間の距離感について

私は、FacebookTwitter、 LINEといったSNSを完全にやめてしまいましたが、非常に今はいい気分です。

 

これは良い悪いではなく単純に私の性格や好みの問題ですが、基本的に私はあまり人といるのが好きじゃありません。

 

団体スポーツをやっていたわりにはどうも集団生活や人と関わることが好きではありません。

 

つくづく思うのですが、「適切な人との距離感」というのは絶対に存在します。

 

どれだけ家族が好きだと言っても、24時間一緒なら飽きるでしょう。

 

どれだけ子煩悩で子供が好きでも、起きている時間も寝てる時も常に隣にいたら、それはそれで「近すぎる」と感じるでしょう。

 

率直に言って、私はどれだけ好きな人でも、月に1回以上会いたい、とかはありません。

 

それは冷たいとかではなく、単純に好みの問題です。

 

そのように考えたときに、ブログというのは、私にとってちょうどいい距離感です。

 

Facebookなどと違って、ブログは頻繁にコメントしあったり顔が見えたりしないので、お互い気を使わなくて済みます。

 

私はおそらく重度の人嫌いですが、私ほどじゃなくても、人と関わることがあまり好きじゃない人もいるでしょう。

 

そういった人に関しては、あまり人と関わらないことを悪いことだと思わない方がいいです。

 

私も社会の申し子なので、無意識のレベルで「人が嫌いなのはよくないことだ」というドグマを信じてきましたが、SNSを全てやめて読書したり将棋をしたり一人でサッカーをしていると本当に気持ちいいのです。(「一人サッカー」というのもそもそも矛盾していますが、リフティングをしたり壁打ちをやっているのが楽しいわけです)

 

やはり素直に自分の気持ちに従うべきでしょう。

 

人好きな人は人と楽しく過ごせばいいし、人嫌いな人は、遠い人間同士でそれなりの人間関係を築けば良いでしょう。

 

「これが絶対に正しい」という人間関係のルールはないと私は思っています。

 

それなのに、日本の学校教育や日本社会では「誰とでも仲良くできる事はいいことだ」というドグマをあらゆる人間にすり込みます。(なぜそうなるかと言えば、サラリーマンにとってそれが大切な能力だからでしょう。)

 

様々な意味で、私が日本の学校教育に懐疑的なのは、こういった私に不都合な価値観を半ば強制的に刷り込んでくるからです。

 

本やブログくらいのかなり離れた距離感で意見交換をしたりするのが自分にとってはちょうどいいのです。(ということに最近改めて気づきました)

 

「顔が見える」からこそいいこともあるかもしれませんが、「顔が見えない」からこそ冷静に客観的な判断ができることもあるのです。

 

リアルでもインターネット上でも、「適切な人間の距離感」は間違いなくあります。

 

自分にとって「適切な人間の距離感」を判断し、その距離感をお互い尊重できる友人がそこそこいれば、私は充分なのではないかと思っています。

 

SNSの友人が1,000人を超え、リアルの世界で毎週のように友達と飲むことが楽しい方は、それはそれでいいでしょう。

 

しかし、私のように、あまり親しい友達がいないほうが人生楽しい人も世の中にはいるのです。

 

自分にとって適切な人間の距離感を維持することが、幸福な人生を歩む上でほんとに大切だと思いますね。

 

※なので、LINEだけはかろうじてアカウント削除までしてませんが、ほとんど見ていません。つながっている方、おそらく返信は2ヶ月後です。よろしくお願いします。