港区社長シュナイダーが人間・社会・教育について論じているブログ

管理人略歴 会社経営者/法学士(京都大学)/港区タワマン在住/英検1級/元Z会マスターコース講師

自然を求める病

皆さんは「自然」という言葉を聞いて何を思い浮かべるでしょうか?

 

青い海

空気が綺麗な山

といったモノを思い浮かべる人が多いと思います。

 

しかし、文字通り「自然」科学のレベルで考えたときに、いかにも不「自然」な都会のアスファルトも高層ビルも化学調味料も、すべて自然界に存在しているという意味では「自然」です。

 

環境問題等に関して、「自然を大切に」といったスローガンを唱える人はいますが、よくよく考えてみたら、地球上に我々のような獰猛で自己中な動物が存在していること自体「自然」なことです。

 

「自然」や「環境」といった言葉を使うときに、えてして我々は「我々にとって都合の良い自然」を「自然」だと考えます。

 

先ほどもあげたように、アラスカの大自然や沖縄の綺麗な海といった、人間にとって都合の良い自然を切り取ってわれわれは「自然」と言いますが、これも非常にご都合主義です。

 

それらが「自然」というのであれば、地震津波も全て「自然」現象です。

 

つまり私が何が言いたいかというと、本来世界(自然界)に存在してるものは全て自然なのです。

 

ただその中で我々にとって都合の良いものを美化したり抽象化したりして、我々は「自然」と呼んでいるだけです。

 

よく「都会の疲れを癒しに大自然を」などと言いますが、(水を差すようで申し訳ありませんけど)これも自然界の中で人間にとって都合のいい部分を切り取って解釈しているに過ぎません。

 

アラスカやタンザニアの自然ツアーなどを体験して「自然」をわかった気になってはいけません。

 

柵がついた車など、ある種の「人為」が絶妙にブレンドされた「自然」なわけですから。

 

何の武器もなく本当にジャングルやアマゾンに投げ出されたら、都会育ちのわれわれは食べ物も取れずに餓死するでしょうけど、こんな「自然」は我々は嫌なんですよね。笑

 

あくまでもある程度コントロールされた自然を欲しているだけなのですよ。

 

ジャングルのシマウマを愛でつつ、本当の危険に瀕することはないように絶妙にコントロールされている自然をわれわれは楽しんでいるだけです。

 

このことは環境問題や自然について語る上で絶対に忘れてはいけない視点でしょう。