港区社長シュナイダーが人間・社会・教育について論じているブログ

管理人略歴 会社経営者/法学士(京都大学)/港区タワマン在住/英検1級/元Z会マスターコース講師

どこで議論が食い違っているか

仕事での議論や夫婦喧嘩、Facebookのやりとりなどにおいて、われわれは日常茶飯事的に他人と意見が食い違います。

 

数学のような定量的な議論と違って、言葉を使った議論の場合どこまでいっても言葉の持つ意味は主観的ですし、そのためしばしば「誤解」が生じます。

 

こういった形で誤解が生じたときに、大切なのはどの段階で意見が食い違っているのかお互いが把握することです。

 

例えば、今回大谷選手がエンゼルスに決定しましたが、「本当にエンゼルスでよかったのか」、「二刀流は可能なのか」といった議論がありますが、

 

どこまでを共有していて

どこが論点になっていて

どこで見解の相違が生じているのか

 

をお互い共有する必要があります。

 

架空の話ですが、「そもそも大谷は野球じゃなくて陸上競技をやるべきだった」(意見A)というレベルで考えている人もいますし、「二刀流はやるべきだが、DHが現実的」(B)と考える人もいますし、「ピッチャーとして登板しない日は外野の守備についてもバッターをするべきだ」(C)と考えている人もいます。(当たり前ですが、この大谷選手の具体例は文字通り具体例ですから本当に大谷選手の二刀流について議論をしたいわけではありません、念のため)

 

当然「同じように議論が食い違っている」といっても、Cから見てAとBでは議論の段階が違います。

 

どんな議論においても、てんでバラバラに意見が食い違っていることはほとんどありません。

 

「前提」はそれなりに共有した上で「ここから先は噛み合わない」というケースが大半です。

 

「どこで意見が分岐しているか」を緻密に分析したら、不毛な議論をしなくて済みますよ。