港区社長シュナイダーが人間・社会・教育について論じているブログ

管理人略歴 会社経営者/法学士(京都大学)/港区タワマン在住/英検1級/元Z会マスターコース講師

社会と「合成の誤謬」

社会について発言してる人は世の中に山ほどいますが、「個人レベル」の話なのか「社会一般」の話なのか、というレイヤーやレベルの設定は絶対にしないといけません。

 

なぜならば、

 

個人として効用を最大化する生き方は、社会の構成員が全員真似をすると社会が破綻するようにできているから

 

です。

 

これを経済学では合成の誤謬と呼びます。

 

例えば、私が身近な友人に「シュナイダーさん、どうしたら楽をして稼げるでしょうか?」と聞かれたら「まずは、脳に投資をして、自分で働くのではなくお金に稼いでもらうのだ。不労所得が一番だ。そしてその働いていない時間を勉強に使い、さらに効率よく稼ぐのだ!」とアドバイスすることでしょう。

 

しかし、、、

 

社会の全員がこういった生き方をしたら、コンビニの店員も飲食店の店員も道路工事の現場で働く人間もいなくなってしまいます。

 

そして彼らがいなくなると当然社会は回りません。

 

これが先ほど挙げた合成の誤謬というやつです。

 

個人レベルで効用を最大化しようとすると、このように社会が回らずに結局みんなが損をするという話です。

 

社会に関する世の中のアドバイスは、社会一般に関することなのか個人レベルの話なのかを峻別しないと、訳が分からなくなります。

 

個人として「良い」とされている生き方のほとんどは、「それを社会の皆が真似をしたら社会が回らなくなる」生き方です。

 

「まだ東京で消耗してるの?」と高らかに語っているブロガーがいますが、みんなが東京からいなくなり高知に移住でもしたら、当然東京の税収は上がらず法人税も全く徴収できず、日本社会は壊滅します。

 

そのブロガーには申し訳ないですが、やはり彼が高知で意気揚々と暮らせるのは、東京で砂を噛むような生活をしながら家族のために我慢している人が山ほど存在しているからです。

 

私が不労所得を増やして、こんな暇つぶしみたいなブログが書けるのは、やはり真面目に働いてくれる人が世の中にいるからです。

 

悲しいかな、

社会はみんなが得をできるようにはできていません。

 

というか、不都合な真実を摘示するのであれば、

不幸な人が一定数いてくれるから、そのブロガーや私のように汗水たらさずにおいしいところを持っていく人間が存在し得る

わけです。

 

私がちょっといた受験産業

 

大量の不合格者がいるからこそ合格者が輝くわけ

 

です。

 

運転免許に受かるように難関大学に合格してしまったら、それはそれで意味がないのです。

 

私もそこまで聖人君子ではないので、自分の果実やノウハウをすべて他人に公開しようと思っていませんが、やはりそれは、「社会はゼロサムゲームで自分が圧倒的に得をしている裏には圧倒的に苦しい生活をしている方がいらっしゃるから」と肌感覚で分かっているからです。

 

道路工事の現場の方や飲食店で働いてる方がいらっしゃるから、自分はめんどくさいことをしないでそれなりに良い生活ができるわけです。(ハテナは比較的レイヤーが高いと言われてますから、皆さんのほとんどはホワイトカラーで、道路工事の現場で働いてるような方は少ないでしょう。)

 

ですから、人生や社会についてのアドバイスをするときには、「個人レベル」のことなのか「社会全体レベル」のことなのか、は常に意識しないといけません。

 

書籍にあるようなビジネス本のほとんどは、個人レベルで人生の効用を最大化するノウハウを伝授するようなものですから、社会全体としてそんなに良いものだと思えません。

 

悲しいかな、人間社会はゼロサムゲーム(損をする奴がいるから特をする人間がいる)なんですよ。

 

この不都合な真実から目を背けては、社会に関して絶対に正しい議論はできません。

 

社会はある程度ゼロサムである、という限界を知りながら 、できるだけみんなが幸せになる社会システムを考えるのが、政治家や社会科学者、有識者の使命だと思います。