港区社長シュナイダーが人間・社会・教育について論じているブログ

管理人略歴 会社経営者/法学士(京都大学)/港区タワマン在住/英検1級/元Z会マスターコース講師

ノーベル賞と女性差別

Yahoo!ニュースでたまたま読んだ記事ですが、女性のノーベル賞受賞者はものすごく少ないらしいです。

 

こういった話に関連して、「女性が差別されてるから受賞者が少ないんだ。本来のポテンシャルから言えば男性も女性も差がはずがない」といった左寄りのヒューマニズムあふれる意見もあることでしょう。

 

しかし、私は全く違った視点からこの話を眺めていました。

 

女性が差別されているからノーベル賞受賞者になりにくいのかどうか。

 

これはこれで探求に値するテーマかもしれませんが、私はそれ以上に

 

現代社会の知能・知性万能主義

 

について考えてしまいました。

 

例えば以下のような発言について考えてみて下さい。

 

「男だから料理や掃除が下手なんだ。だからやっぱり料理や掃除は女性に任せたほうがいい」

「女だから理系のセンスがないんだ。だからやっぱり女の子は理系の研究者なんて向いていない」

 

この二つは論理構造上同じものです。

 

しかし、オフィスなどで前者のような発言をしてもそこまで問題視されませんが、後者のような発言は「性差別発言」となります。

 

ここには二つ面白い論点があります。

 

まず一つに、

社会通念上ある程度上と下という関係が明らかな場合、「上から下」への差別発言は徹底的に厳しく評価されますが、「下から上」への差別発言は比較的容認される傾向があります。

 

例えば東京の人が「島根なんて何もなくてつまんないよね」と発言したら地方差別となりますが、島根の人が「東京なんてごみごみして嫌だよね」と発言しても都会差別とはなりません。

 

これはなぜそうなのかというと、やはり悲しいかな、人間社会にはカーストや序列というものがあり、上に述べた通り、上から下に言うのと、下から上に言うのではまるで意味合いが違うのです。

 

やはり現代社会において、良い悪いは別として、男が上で女が下というデフォルトはどうやっても動かしがたい厳然たる事実です。

 

こういったデフォルト関係がある以上、男をけなすような事は言っても良いのですが、女性をけなすような事は言ってはいけないのです。

 

そして二つ目の論点ですが。

 

「男だから料理や掃除が下手なんだ。だからやっぱり料理や掃除は女性に任せたほうがいい」
「女だから数学や理系のセンスがないんだ。だからやっぱり女の子は理系の研究者なんて向いていない。男性だけが理系の研究者になるべきだ」

(再掲)

 

これらの発言の上のほうは「料理や掃除」がネタであり、下のほうは「理系センス」がネタです。

 

ここで世間の反応がステレオタイプになるのは、やはり現代社会において、

知性や教養というもの(やその象徴とされる理系センス)が圧倒的に社会的に価値が高いものとされている

からです。

 

人間社会の掟として、

 

本当に大切なことをネタにしてはいけない

 

という暗黙のルールがあります。

 

男性の顔はネタにして良くても、女性の顔はネタにしてはいけない。

 

運動神経で人をネタにしては良くても、学歴や偏差値で人をいじくったらいけない。

 

体毛が濃いことをネタにしては良くても、足立区に住んでることをネタにしてはいけない。

 

脚の長い短いをネタにしては良くても、ペニスの大きさについてネタにしてはいけない。

 

これらも皆さんも同意していただけるでしょうが、要はネタにして許されるかどうかというのが「社会の価値判断」なわけです。

 

逆説的なことに、「ネタになっている事」は実は大して重い話題ではなくて、「本当にまずい事」は言ってはいけないのです。

 

部落とか在日とか中卒とかコナシとか

センシティブで誰もが言わないネタこそ、ある意味社会が本当に差別してるネタ

なんですよね。

 

私も若い時よりはそこそこ体重が増えましたから「HK(カトハヤ)も太ったなぁ(笑)」とネタで言われますが、まさか20代の女性に「君ってぽっちゃりだね」なんて誰も言いません。

 

これも結局、「私にとっての体型」と「20代女性にとってのスタイル」というのは比にならないほどの「意味の差」があるわけです。

 

私が太ったところで、別にそんなことは私の人間としての評価や人間としての尊厳に大して影響がないからこそ、私の友人も気軽に口にするわけです。

 

しかし、

「足立区なんて住んでるの!貧乏なの?」

「専門商社なんてださくない?」

「え、日大なの? バカじゃね?」

なんて特に男性に対しては

絶対に言ってはいけませんし、多分誰も言わないと思いますけど、それは職業とか住所とか学歴とかそういったネタはあまりにもこの社会が重視しているからこそ言ってはいけない

わけです。

 

ちょっと話が長くなりましたが、やはり「女は頭が悪いからノーベル賞が取れない」などと絶対に言ってはならないのは、現代社会において知性なりIQなりというのが、比類なき価値を持っているからなのです。

 

そこについてはいくら強調しても強調しすぎる事はないでしょう。

 

発言の裏や背後原理まで想像力を働かせると、全くそこには書いていない差別の構造や人間社会の原理についてわかります。

 

(あ、なんで女性がノーベル賞が取れないか、という本題についてはまた数日後のポストで。笑)