港区社長シュナイダーが人間・社会・教育について論じているブログ

管理人略歴 会社経営者/法学士(京都大学)/港区タワマン在住/英検1級/元Z会マスターコース講師

自分を外から眺める

私が普段から心がけている事の一つですが、「もし自分がこういうことを言ったら人はどう思うだろうか?」、「もし自分がこういうことをしたら人からどう見えるだろうか」ということを意識することは処世術として非常に大切だと思います。

 

SNSとかでも、なんともいやらしい自慢やマウンティングの投稿などをする人がいますが、やはり「人が自分をどう見るか」という視点が薄いんだと思います。

 

例えば自慢にしても、やはり日本社会は露骨に自慢する人を嫌がるので、あまり嫌味ったらしい自慢をするのは実は自分にとって良いことではありません。

 

そして露骨な自慢が嫌がられるからといって、「見切り写真」のような絶妙なつもりの自慢をすると今度はそれはそれで頭のいい人には見破られますから、非常に滑稽です。

 

人間は基本的に自慢をしたいものですが、端的にその自慢をすることによって自分の評価がマイナスになる位であれば実は長い目で見たら自慢をしない方が良いわけです。

 

これも結局「人が自分をどう見るか」という感覚が欠如してるからこそ「自慢して嫌がられて評価が下がる」といった悲劇が起きうるわけです。

 

目的と手段を間違ってはいけません。

 

仮に目的が「人から自分の評価を上げること」だとしたら、自慢して嫌がられるよりは自慢をしないで嫌がられない方が実は目的にかなっているわけです。

 

MBAをとって人に褒められたい人もいるかもしれませんが、「たいして仕事に関係なく承認目的のためにMBAをとるなんてピエロだな」と逆に馬鹿にしてくる層がいる事は忘れてはいけません。

 

私も調子に乗って六本木ヒルズに住もうとしましたけど、六本木ヒルズなどは逆に住むことによって馬鹿にされる可能性もあるので、やはり広尾とか代官山あたりをメインの家にしたいわけです。

 

芝浦あたりにセカンドハウスがありますが、個人的には芝浦や豊洲に住むのはなんともダサいという感覚があるので(該当している方がいらっしゃったら申し訳ないですがこれは私の感覚なので)、あくまでもセカンドハウスにしたいわけです。

 

これも「芝浦に住んでいる」と言ったらある程度のアッパー層がちょっと冷ややかな目で見てくるのが分かるからでしょう。(これはなかなか言語化しにくい感覚なのですが、IT社長や芝浦というのは、足立区とかとは違うある種の「ダサさ」があるわけです。「成り上がった田舎モン」という感じですかね 、、)

一度白人に遊ばれて「もう日本人は無理ぃ」と言っている女の子とか、海外に行ってきて「アメリカではぁ」を連呼する人間とかもそうですけど、本人たちはちょっと上からマウンティングしてるつもりなんですが、こういった事実上ほとんど何の意味もないただのマウンティングはある程度頭の良い人から見ると「え、こいつバカ?」と見られるのがオチなわけですから、やはり自分で気づかないといけないわけです。

 

こういった俗的な話は、究極的な目的が「承認」ですから、いきがってかっこつけることによって逆にダサいと思われてしまうと本当に本末転倒なんですよね。

 

金や銀のネックレスをつけているおじさまとかも全く同じで、本人はかっこつけてるつもりでも、結局周りからしてみたら気持ち悪いだけです。

 

これも他人が自分をどう見るかという感覚が欠如してるからでしょう。

 

何か主張するときに、私は「●●と反論する人もいるかもしれませんが」とか「マウンティングになると思いますが」とわりと先に他の人の意見を先取りするような論述をすることが多いですが、これもある意味そもそもマウンティングなわけですが、

「いやさ、僕こんな馬鹿なこと言ってるって自分でわかってるからね。まさかそんなこと気づいてないで言ってると思わないでね。」

という気持ちがあるわけです。

 

アホなことをやっていると自分で自覚していればそれはアホではないのです。

 

ですから、私は必ず「これはマウンティングになりますが」と留保してからマウンティングしますが、一部の若い女性や港区妻の何がくだらないって、自分が本当にくだらないマウンティングや自慢をしてるという自覚が希薄なままマウンティングをしているからです。

 

ちなみに、私もこのブログで自慢めいたことを意図的に言ってますので、「お前だって自慢してるじゃないか」と言われたら先回りして反論したいですけど。

 

そもそもブログとか本というのはある程度一方通行的なものですから、ある程度こちらから情報開示しない限り永遠にその情報が自然に相手に伝える事はないですから、私も話をしている内容に関連する権威的の話は意図的にするようにしています。

 

お金について語っている人が、日雇い労働で大宮や柏のアパートに住んでるとしたら笑止千万でしょう。

 

ですから、意図的にいやらしいと分かりながら情報開示をしてるわけです。

 

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もちろん人がどう思うかも全てわかった上でやっています。

 

こんなことをしたら人はどう思うだろうか?

 

これを自分で自覚しない限り、「人から笑われてることに気づいていないピエロ」という恥ずかしい立ち位置を自然と演じることになりますから。