HKの徒然草

辣腕会社経営者が、人間や社会について論じています。京都大学法学部在学中に起業し、現在は代官山アドレス在住です。特技は語学で英検1級。

ポピュリズムについて

皆様、ブログのご購読ありがとうございます。

 

私は物書きではありませんが、文章で思想を人に伝えるのが好きでこのブログを書いています。

 

ただ、まぁはっきり言って、はあちゅう とか イケハヤ とかいかにも有名なブロガーに比べたら読者数など圧倒的に少ないですし、完全に無名でしょう。笑

 

しかし、なかなか迷いどころなのは、民主主義的に読者数を増やすことが果たして良いことなんだろうか?という点です。

 

実は、私のブログは名前はあげられませんが、かなり知的レベルが高い有名な方に読まれています。

 

我田引水というか自画自賛になりますが、言っている事は決して間違っていないし、それなりに世に新しい見方を提供しているという自負があります。

 

しかし、なかなか私のブログは一般的には流行らないのもわかっています。

 

なぜならば、あまりにも社会の不都合な真実をありのままに論じすぎているので、一部の知的レベルが高い人からしてみたら面白いと思うのですが、世の中の多数派である知的レベルが高くない人から見ると、感情的に支持できない事がたくさん書いてあるからです。

 

ここで私に悩みが生じます。

 

単純に読者数を増やすのが目的であれば、もっと耳に心地よい簡単なことをごまかすように述べれば、その目的は達成されるでしょう。

 

しかし、そのために「ウソ」を書いてしまっては何のためにブログを書いてるのかさっぱりわかりません。

 

これがいわゆるポピュリズムの問題です。

 

民主主義やそれにまつわるポピュリズムの問題はプラトンの時代からのテーマでした。

 

(民主主義の語源であるデモクラティアとは「大衆の支配」を意味しています。)

 

要は、「多数決が真理なのか?」という問題点ですね。

 

イケハヤ や はあちゅう はたしかにそれなりに売れていますが、では彼らの言ってることはそこまで鋭いでしょうか?

 

申し訳ございませんが、一定以上の知的レベルを持っているレイヤーだけに話を限定したら、かなり評価されていないのが実情です。

 

実際それなりの社会的なポジションでそれなりに本を読むような人間に話を聞いて「イケハヤ鋭いよ」なんて話には絶対になりません。

 

やはり、圧倒的に数では多い「普通の人」がわかりやすいように書いているからこそ、イケハヤは逆説的に売れてしまっているのです。

 

ここが本やアカデミックな文章の判断の難しいところです。

 

例えばテレビやiPhoneなどであれば、「多数派が認めているものが良い」とある程度素直に判断することができます。

 

しかし、教育産業や書籍等に関してはこの原則があまり当てはまりません。

 

難しくて不都合な真実を扱っているような本は当然多数派の「普通の人」にはあまり支持されませんから。

 

私が大学の講義でアンケートなどを重視するのが問題だと思うのも同じ理由です。

 

もちろんただ単にわかりにくい授業をする教員は淘汰されるべきですが、今の学生が支持するような授業が「いい授業」だとは私にはどうしても思えないからです。

 

旧帝国大学とか一定以上の知的レベルの学生が集まっている大学であれば、「授業アンケート」はそれなりにアテになります。

 

正しく知的好奇心を刺激するような授業をすれば自然とアンケート評価は上がるからです。

 

しかし、ちょっと馬鹿にしたような言い方になりますが、いわゆるFラン大学で授業アンケートを取ったところで、「レベルを下げたわかりやすい授業」が当然支持されるでしょう。

 

ちょっと負荷を上げて難しい課題等を出したら「課題が多すぎる。もっと学生のことを考えて欲しい」などとアンケートに評価されるのがオチです。

 

結局何が言いたいのかというと、こういったブログや書籍等は「難しくて正しいもの」がなかなかはやりにくいのです。

 

わたしももっと多くの人に読んで欲しいと思う反面、全然正しい解釈をすることなくわけのわからない読み方をする人が増える位であれば、そこそこの人に読んでもらえば十分かなという気もします。

 

とは言え、今よりもうちょっと読んで欲しい気もします。笑

 

皆様のお友達などで、冷静な判断ができるあまり感情的じゃないインテリの方がいらっしゃれば、ぜひこのブログを薦めてください。

 

よろしくお願いします。