HKの徒然草

辣腕会社経営者が、人間や社会について論じています。京都大学法学部在学中に起業し、現在は代官山アドレス在住です。特技は語学で英検1級。

わざわざ発言する意味について

ある先生がおっしゃっていましたが、不倫を批判する人は心の奥底で不倫願望があるような気がします。

自分がしたいけどできないから堂々と不倫をする人を非難して溜飲を下げているのが実情かもしれません。

この例に限らず、「わざわざ発言すること」の意味をメタレベルで考えてみると、逆の真実が明らかになります。

私は発言の中身よりも「発言することの意味」を常に考えてしまいます。

「人生お金じゃないんだよ」と言っている人はホントはお金が欲しい人です。

潜在的にお金が欲しいけど手に入らないからこのように自分に言い聞かせるように正論を述べて溜飲を下げます。

「幸せになるための結婚なのに、みんな結婚することが目的になっている」と未婚34歳の女性が言っている話を友人から聞きましたが、本当にそう思っているならわざわざそれを人に言う必要はないのです。

潜在的に自分が負け犬であることが許せないからこそ自分に言い聞かせるように「結婚が目的化している」と言い放つわけです。

本当は自分が負け犬なのに、あえて達観したふりをして土俵をひっくり返してるところがなかなか私には面白く感じられます。

本当はプライドの塊なのに何物でもない自分を必死に正当化したいのでしょう。

人は「言い聞かせるように自分に言う」ことがたまにありますが、その深層心理についてうすうすと気づかないといけません。

およそ何かを発言するという事は、それに関して興味がある証拠なのです。

本当に興味がないことに対して人は批判も肯定も否定もしません。

私はパキスタンにも秋茄子にもアイスホッケーにも本当に興味がありませんが、「俺パキスタンとか興味ないわー」とか「秋茄子とか全然興味ないわ」などとは決して言いません。

「別に高級車とか興味ないし」、「港区とか興味ないし」というのは「引くほど興味がある」ことの裏返しです。

人間の深層心理とはこのようになっています。

もしあなたが自慢やマウンティングに反論できなくて悔しいのであれば、間違ってもそのネタで応戦してはなりません。

「べつに」とか「興味ないから」とも言わずに黙っているのが一番のカウンターマウンティングです。

自慢やマウンティングしている人に批判という形で応戦すると、カウンターパンチでボコボコにされます。笑

人間の心とは面白いものです。