HKの徒然草

辣腕会社経営者が、人間や社会について論じています。京都大学法学部在学中に起業し、現在は代官山アドレス在住です。特技は語学で英検1級。

高度化しすぎる受験技術は社会的害悪である

昔に比べて学生のレベルが下がったとかいやそんなことないとか、学力に関する議論が喧しいですが、元プロから見ると少子化にも関わらず、難関大学の入試問題のレベルは昔より若干上がってすらいます。

 

なぜ少子化で本来レベルが下がるはずが、現状維持か微増レベルになっているのか?(大学の定員は変わらず少子化になれば必然的に本来受験競争楽になるはずです)

 

理由は単純で、圧倒的にIT技術や受験技術が上がっているからです。

 

特に語学などは昔に比べて飛躍的に環境が整っていると言えるでしょう。

 

昔通訳を目指す人はわざわざ映画館に通ったり、カセットテープが擦り切れるほど英語を聞いたものですが、今はそんなことをしなくてもYouTubeやさまざまな動画で生の英語を簡単に聞くことができます。

 

単純なアウトプットの結果だけを見たら「今の学生も頑張ってるじゃないか」となりそうなものですが、私はちょっと心配してることがあります。

 

あまりにも「手取り足取り」指導する予備校や塾が増えすぎてるような気がするのです。

 

そもそも私立の中高一貫校などもあまりにも丁重に指導しすぎです。

 

おそらく「受験」というゴールを考えたら、完璧なカリキュラムを作成してそれに学生を閉じ込めるのが一番効率的です。

 

しかし、

 

本来勉強というのは自分で創意工夫することに意味がある

 

と思うのです。

 

鉄緑会や武田塾といった、最近流行ってる塾に関して私が問題だと思うのは、「自分で創意工夫する」機会を奪い、圧倒的な演習量で入試を攻略させようとしてるからです。

 

鉄緑会に行けば確かに東大や医学部には簡単に入れるでしょうが、はっきり言って、あんな勉強をやらせているようでは社会にインパクトを残せるような人間は到底養成できません。

 

そもそもなぜこういった問題が起きるのかと言うと、超難関大と言えど、所詮枠が決まった範囲の問題しか出さない日本の入試問題に問題があると思います。

 

どれだけ難しい問題と言えど、所詮日本の入試問題は「めちゃくちゃ難しいパズル」ないしは「めちゃくちゃずかしいテレビゲーム」の域は超えられていませんが、それは結局既に答えが決まっている問題だからです。

 

鉄緑会という東大や医学部の受験で圧倒的に実績がある有名な塾がありますが、鉄緑会は深い理解などではなく圧倒的な練習量で受験を突破する方針をとっていますが、やはり鉄緑会に攻略されてる時点で日本の入試は残念ながら終わってると言えるでしょう。

 

フランスのバカロレアあたりのような試験にすれば鉄緑会のような皮相な試験対策は無意味になると私は思っています。

 

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「6時間かけて 『説明とは何か』論じなさい」という問にバカロレアは学生を誘います。

 

こんなものはひたすら読書をして自分の頭で考えるしか解決のしようがないでしょう。

 

こういった受験技術ではどうしようもない問題を出すことが、受験技術偏重型の文化を撲滅する唯一の方法です。

 

本当は塾や予備校を廃止して、全て自分で工夫して勉強させれば良いのかもしれませんが、それができない以上、問題をまともにするしか方法がないでしょう。

 

関係者は耳が痛いかもしれませんが、これが受験に関する不都合な真実です。