HKの徒然草

辣腕会社経営者が、人間や社会について論じています。京都大学法学部在学中に起業し、現在は代官山アドレス在住です。特技は語学で英検1級。

林修の「社会に出たら勉強関係ない」理論

※たまたま連続して林先生について批判的に論じていますが、私はむしろ基本的には氏について評価しているので、「たまたま」批判的なことを連続して述べているとお考え下さい。

 

林はなぜかちょっとひねくれてるところがあり、現代文を教えているのに「数学がダントツで大切」と逆張り的なことを言ったりしています。

 

そしてこないだも「社会に出たら学歴なんて関係ない」と言っていましたが、これは2つの意味で間違っています。

 

まず、林は自分がそれなりに勉強ができたからこそ、勉強ができないことのマイナス点にたいしてなかなか無自覚なのです。

 

同じように、顔で得をしている人は、顔が良いことが人生でどれだけ有利なことか意外と自覚がありません。

 

私も昔からイケメンイケメンともてはやされてそれはそれは大変・・

 

などという事は決してなく、フツメン街道を歩んできました。

 

私も生まれ持った顔が福山雅治クラスであればもっと人生楽勝だったと親を呪い、先祖を八つ裂きにしたいと・・

思ったことはありませんが、まぁイケメンはトクですなあ。

 

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ちなみに私の妹は芸能関係の仕事をやってるんですが、美人はトクです、ええ。

 

綾瀬はるか佐々木希を足して√5で割った感じですね。

 

これが1つ。

 

そして私が声を大にして文句を言いたいのは、受験産業で働いてる限り、構造的に受験や学歴を否定するようなことは絶対に言ってはいけない、という点です。

 

たしかに林の言ってることも一理あります。

 

しかし、

もし大学というものが「18歳から22歳まで過ごす一つの場所」でしかないならば、東進ハイスクール河合塾といった受験産業がここまで栄えていたでしょうか?

 

そんなはずはないのです。

 

日本社会において出身大学というものが、就職・結婚・転職・年収etcあらゆる場面において陰に陽に影響を与えるからこそ、受験産業というのが一大産業なわけです。

 

お受験に始まり、サピックス浜学園(関西)、鉄緑会etc 様々な塾や予備校にお世話になり、開成や灘といった私立学校が栄え、軽く1000万円位かけて東京大学京都大学、医学部といった一流大学に子供を入れようと皆さん必死なわけです。

 

雑誌を見たら、サンデー毎日やプレジデントは、年がら年中受験や学歴の特集をやっています。

 

それぐらい日本社会において学歴や出身校というのは「意味」を持っているわけです。

 

だからこそ、これだけ受験産業が栄えているわけですから、予備校や受験の仕事をやりながら、「学歴なんて社会に出たら関係ないですよ」と発言するのはちょっと軽率すぎます。

 

もし林が言ってるように、「社会に出たら学歴が関係な」く、「受験学力が高いのは他のあらゆる能力が高いのと一緒」ならば、なぜ将棋やラクロスの塾がないのでしょうか?

 

東進ハイスクールと同じレベルでバイオリンの塾や水泳のスクールが流行ってもよさそうなものじゃないですか?

 

「バイオリンをいつやるの!? いまでしょ!」笑

 

しかし、そんなcmは現実には絶対に存在しません。

 

東進ハイスクール駿台のcmがあったとしてもです。

 

それは

現代社会において、受験学力が高いことは圧倒的な価値を持っている

からです。

 

別にプロになるわけじゃないのにバイオリンや水泳ができてもたいして「意味」がないとほとんどの親が思っているからこそ、高校生向けのバイオリンや水泳のスクールなどほぼ存在しないわけでしょう。

 

ダウンタウン浜崎あゆみ大谷翔平クラスのような「特別な才能」がない人間が幸せな人生を送る上で、受験学力やIQが高い事は極めて有利に働くからこそ、これだけ受験産業が栄え、林も恩恵を受けているわけです。(国立医学部、東大京大すべて合わせたら、1年間に8,000人ぐらい受かるわけですから、やはり勉強というのは「すごい」と言っても「たかが知れている」わけです。スポーツ選手や歌手クラスは東京大学の理科3類(医学部)位でしょう。理三は日本の学力トップ100人ですから。しかし、プロ野球でビリのチームのドラフト6位ですら「72番」ですが、そんな選手はどうせすぐに引退ですので、理三ですらやはり「一流の歌手やスポーツ選手レベル」ではないかもしれません。)

 

まさか、林をはじめとする予備校講師のお話を純粋に聞きたくて受講生の親はお金を払っているわけないですからね。

 

ありていに言えば、医学部や東大早慶などに入ることが「すごく名誉なこと」で「将来すごくお金になる」からこそ受験産業は栄えているわけです。

 

もちろん私も何度か言ってるように、戦国時代であれば戦う力が重視され、平安時代であれば和歌を詠む能力が重視されたように、「時代が求める能力」は恣意的ですし、普遍的なものではないですから、たまたま現代社会で受験学力やIQが高いことが評価されるからと言って、学歴が高い人間が「自分はものすごく価値がある人間だ」と思い上がるのは間違っています。

 

しかし、それはあくまで思想レベルの話であり、われわれは現実に「現在の日本社会」という枠組みで生きてるわけですから、やはり受験学力やIQが高いことに価値があるという前提で生きざるをえません。

 

そのように考えると、林の言っていることは非常に浅いと言うほかないのです。

 

「社会に出たら勉強のパフォーマンスなんて関係ない社会が理想だけど、現実にはそうはなっていないから受験産業が栄えるんでしょうねぇ」とバランス感覚のある発言をするべきでしょう。