HKの徒然草

辣腕会社経営者が、人間や社会について論じています。京都大学法学部在学中に起業し、現在は代官山アドレス在住です。特技は語学で英検1級。

基礎学力は18歳で「ほぼ」決まっている

小学生の子供の勉強に付き合っていると、感じますが、

小中高の12年間で人生の基礎学力の9割は決まります。

 

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(このブログをお読みの方のほとんどは大人でしょうから、もはや「そんなこと今さら言われてもなぁ」という話なんですが、まぁ自分の反省を悔やむ方はぜひお子さんに託してください。。)

 

最近社会人に個人的に語学や資格試験のアドバイスなどをしていて思うのですが、やはり

 

小中高の勉強はすべての勉強の土台であり、そもそもここが不十分だといくら本を読んでも、資格試験の勉強をしても、どうも「滑っている」

 

感じがします。

 

私は別のところで、「まぁ学歴なんて言うのは18歳のときの『点』の力ですから」と発言したりもしていますが、これは上位10%の内部での話です。

 

要は、早稲田に入れなくて明治に行った人が必死に頑張って40歳段階で平均的な早大卒のレベルをはるかに超える事はあるでしょうし、京都大学に入れなくて大阪大学に行った人が50歳段階で平均的な京大卒のレベルをはるかに超える事はあるでしょうが、その「逆転現象」はあくまでも上位10%に入っているからこそ可能なわけです。

 

小中高の読み書きや計算のレベルで満足な結果が出せなかった人は、50歳60歳になってもその知的レベルはお里が知れています。(手厳しいですが)

 

生まれてから18歳までが18年で、18歳から50歳の方が客観的な時間としては長いわけですが、事実上18歳まででその人の人生の基礎学力は9割型決まっています。

 

私はこのことについて疑問に思いちょっと自分なりに考察をしていました。

 

「なんで6歳から18歳までの12年より、(例えば50歳の人なら)18歳からの32年のほうが圧倒的に長いのに、基礎学力の「逆転現象」が少ないのか?(はっきり言ってしまうと、10人中9人ぐらいの割合で低学歴は馬鹿であるということです)」という疑問について自分なりに考えていました。

 

そこでまぁ対して鋭い見解ではないんですが、自分なりの結論として出てきた話ですけど、やっぱり大人って全然時間がないんですよね。

 

それに対して子供は時間が有り余っています。

 

子供時代の12年間、毎日3時間勉強した人と毎日0時間勉強した人だと、1万2000時間の差があるわけです。

 

社会人になって仕事をすればわかりますが、1日3時間なんて「たいした時間」じゃありません。

 

学生時代に怠けてしまった社会人も、昔に戻れるなら1日3時間位の勉強はやるべきだったと思うでしょう。

 

別にその3時間が勉強に使われたところで、遊ぶ時間がなくなるわけではないですから。

 

しかし、勉強ほど「塵も積もれば山となる」分野はありません。

 

1日たった3時間の差でも、12年間で1万2000時間。

 

(1時間の差でも4,000時間ですからね。)

 

1万2000時間の差を社会人になって埋める事は、まず不可能でしょう。

 

ですから、「単純な年数」は、6歳から18歳より18歳から例えば50歳までの方が長いわけですが、純粋に読書や勉強に使える時間などは大人の場合ほとんどないわけですから、やはり1万2000時間の差は永遠に埋まりません。

 

手厳しいですがこれが現状です。

 

修学しているお子さんがいる場合、単純に社会的な上昇の手段として勉強させるというよりも、「基礎学力は就学中の12年間でほぼ決まっている」という現実を意識させることが非常に大切だと思います。

 

そして就学中の1つの目安として言えば、

大人になって自力で本が読めるだけの読解力を身につけさせる

ことが何よりも大切です。

 

上にも例であげましたけど、受験の偏差値63と67とかの細かい差は大学入学以降や社会人になってからいくらでも埋めることはできますが、

偏差値40〜50くらいのゾーンの生徒が、社会人になってからとてつもなく本を読む人間になるとは到底思えません。

 

そのように考えると、アウトプットとしての学歴はどうであれ、自力で本を読める位の読解力と忍耐力を身につけさせることが初等教育の最大のゴールでしょう。

 

自力で本が読めないと、大人になって学ぶことがそもそもできないですからね。