HKの徒然草

辣腕会社経営者が、人間や社会について論じています。京都大学法学部在学中に起業し、現在は代官山アドレス在住です。特技は語学で英検1級。

女の3B/東京カレンダー/マウンティング

都会の女性には、「3B」という勝ち負けの基準があるみたいです。

 

Baby

Bride

Birkin

 

これを持っている人間は「勝ち組」ということになっています。

 

一定以上の年齢の女性で結婚していなかったり子供がいなかったりすると、それはそれは男性が想像がつかないくらい肩身が狭いらしいですね。

 

こういった時に「人の生き方はそれぞれなんだから勝ち組とか、負け組なんていう人間は馬鹿げている」と言いたがる未婚子なし女性がいます。

 

私は「価値観は人それぞれ」、「人生に勝ち負けなんてない」という考え方は理解しています。

 

しかし、その一方で社会には「こっちが勝ち」だとされている暗黙のルールが存在するのもまた事実です。

 

やはり私を含めほとんどの人間は聖人君子ではないですから、「ロレックスの時計が欲しい」、「ポルシェに乗りたい」、「港区のタワマンに住みたい」といった欲まみれの価値観から完全には離れられません。

 

たとえ、かなりの教養人や人格者と言えど、俗世間で「えらいですね」「すごいですね」と他者から承認されることが気持ちよくない人はなかなかいません。

 

私の持論ですが、「人生に勝ち負け」はないですが、「俗世間に勝ち負け」はあります。

 

東京の港区に住んでいたり、ポルシェやタワマンを手に入れているから「人生の勝者」ではないでしょう。

 

自分の人生の意味は自分が決めればいいからです。

 

しかし、アリストテレスも言っていますが、人間は「社会的動物」であり、社会の価値から切り離された人生というのも残念ながらありません。

 

人間は社会で生きる以上、その欲望のほとんどは社会によって作り出されたものだからです。(cf ボードリヤールの「象徴交換と死」)

 

要は、俗世間の馬鹿らしさを相対化した上で、ある程度俗世間の基準に合わせる必要があるわけですね。

 

例えば、東京や大阪などでは、年収や社会的地位、学歴が高い男性は圧倒的に評価されます。

 

また、いま上で言ったように、女性であれば未婚や子なしは完全に負け組です。

 

こういった俗世間的な価値基準は確かにくだらないかもしれません。

 

しかし、世の中のマジョリティーが「こっちが勝ち」と言っている以上、「それを手に入れていない人間」が何を言っても負け惜しみでしかありません。

 

ここは理屈ではないのです。

 

私から言わせると、「勝ち負けなんて関係ない」と言いたがる人間は情けない。

 

本当に「人生に勝ち負けなんて関係ない」と思っているならわざわざ人に言わなくていいのです。

 

「お金があるから幸せとは限らない」

「学歴があるから頭が良いとは限らない」

etc

 

この手のパターンは、根本のところで共通しています。

 

要は、自分が本当は手に入れたいものが手に入らないから「正当化」をしているわけですから。

 

やはり心のどこかで「本当は負けているのがわかっていて負けているのが悔しい」から負け惜しみを言ってしまうのではないでしょうか。

 

私の経験則から言って、「わざわざ」、「人生に勝ち負けなんてない」と言いたがる人はどうもタチが悪い。

 

達観しきれていないのに、達観している「体」で必死にマウンティングしているからです。

 

私の経験則から言っても、「気にしない」、「別に興味ないし」と言いたがる人は、心の底からそう思ってないからこそそういった発言が口から出てくるのです。

 

「本当に興味ない人」はわざわざ「興味ない」、「関係ねーし」なんて言う必要がないからです。

 

「アマガエルの生態について興味ないし」、「モザンビークの政治なんて興味ないし」、「ラクロスの歴史なんて興味ないし」とムキになって言う人はいませんが、「結婚や子供、興味ないし」、「お金とか興味ないし」、「学歴なんて関係ない」と言いたがる人は枚挙に暇がないほどいますが、それは心の底では気にしてるからです。

 

結局自分が負けているからポジショントーク(我田引水)でその主張をしているだけで、自分が勝てるポジションについた途端に、「逆のことを言う」に違いないからです。

 

俗世間のくだらない価値観に辟易とすることもあるかもしれませんが、私はそのための解決策は2つしかないと思っています。

 

他人に「くだらない」などと言わずに、自分の中で自己完結させる。

 

or

 

手に入れた上で「ああ、あんなのくだらないよ」と達観してみる。

 

究極的にはこれしかないでしょう。

 

「そんなの興味ない」、「人生ひとそれぞれ」と発言してる時点で「向こうの土俵で勝負している」という究極の矛盾に気付かないといけません。

 

お金がない人が「別にお金興味ないし」、「タワマンなんて見栄っぱりが住むところ」と言っても、明治や法政あたりの出身者が「学歴なんて興味ないし」と言っても、既にその「土俵設定」をしてる時点で負けてるという事実に気がつかないとバカですね。