HKの徒然草

辣腕会社経営者が、人間や社会について論じています。京都大学法学部在学中に起業し、現在は代官山アドレス在住です。特技は語学で英検1級。

ニュートンから学ぶ✳︎

あのニュートンの有名な言葉で「私が遠くの景色が見えるとしたら、それは巨人の肩の上に乗っているからだ」というものがあります。
 
結局のところ、我々は先人が築いてきた膨大な知識と教育があるからこそあらゆることがわかるということです。
 
よく「地頭」と言いますが、実際、思考は知識が9割です。
 
ほとんどの事は論点を抑えていないと対処できません。
 
天才的な小学生に、「y=x2の式をちょっと微分してみてよ」と聞いところで微積分の考え方が分からない限り絶対にわかりません。
 
よくSPIのような比較的、というかほぼ知識が求められない問題で高いパフォーマンスを上げると「地頭がいい」となりますが、そもそも知能系のテストの問題というのは、「知識によって有利不利が生じないように」というお題目を守るために極端にヘンテコリンな問題が並んでるわけです。
 
現実の社会でも学問でも、現実の問題解決をするには「知識と思考」の足し算が必要で、「純粋に思考力を問う」ケースなど皆無です。
 
よく「あいつは地頭が悪いけど勉強してるだけだ」というルサンチマンに満ちた恨み節を言う方がいますが、そもそもこういった方は「努力や勉強をしなくても何かができてしまう地頭」というものが世の中に存在してると思っているのです。
 
そしてタチが悪いことに、小学校の算数やSPIのように比較的「地頭が図れるように見えるテスト」が世に存在していることが、このフォークロアを助長します。
 
実は勉学の才能というのは、「学習したときの伸び率」の話で、無理矢理知識を問わないようにしているSPIやIQテストができるかどうかというのは、あまり本質的な問題ではないのです。
 
実際私の周りでも、話しててあまり深みがなく勉強もそこまでできないけれども何故か知能テストが得意な人間がいますが、結局彼は学習においてその能力を生かしていないという意味で「頭が悪い」のです。
 
「地頭」という言葉は小学生の教育などでよく使われますが、その意味するところを明確に定義しないと全くトンチンカンな議論になってしまいます。